お客様の感想 vol.4 怒られる=愛されていない(嫌われた)という図式

年齢退行療法を受けられたD様(40代女性)

 

私の場合はいろんな話をした結果、男性を好きになると、嫌われたくない気持ちが先行し素の自分を出せなくなり、本当の自分を見失ってしまうところがあるので、なせ素の自分を出すと嫌われる又は愛されないと思い込むに至ったのか、関係のある必要な過去へ誘導されることになった。

 

今回見えた過去は、友達や母親との関わりの場面だった。最初の男の子といる時は割と穏やかな気持ちでいられたが、他の場面は、喧嘩したり、人の顔色しか見えていない自分を発見したり、余程相手から追い詰められた時は逃げたい余りに、相手にひどい言葉を浴びせかけたけど、それ以外は相手が怖くて、母親も含め勝てない相手だった。いつも顔色をみて行動していたから、各場面、特に怖いと思っていた相手の顔しか見えず、周りに誰がいるのか、何をして遊んでいるのか、ほとんどわからなかった。本当に顔しかみていなかったのだと後から思った。たぶん周りにいた人は、私はあまりいじめられたり、怒られたりしていないと感じていたと思う。私は顔色を見て行動していたので、実際には怒られたり、いじめられたりあまりしていない。本当の自分で合う仲間はいなかったし、みんなと好きな遊びが違っていた。でも合わせないと仲間はずれになるのが怖かった。

 

自分でも驚くくらい、なぜこんなことで涙が出るのかと思いながら、よく泣いた。上記で書いたように自分は傍から見て大して問題な状況にはなっていない。だから本当になんら問題なさそうだと思われるような場面ばかりで、セラピストには本当に子どものちょっとした喧嘩程度だと思われているのだろうなと思いながらも涙は止められず・・という感覚でいた。(※セラピスト一言 そんな風には思っていませんよ) 自分でも「なぜこんなことしか、似たようなことしか見えないのだろう。まだまだ一杯ある、むしろ軽い場面しか見ていない」と感じていた。本当に氷山の一角というのか、大事な場面はまだまだこれから・・という感覚であった。でもなぜこんなに涙が出るのだろう???

 

小さい頃は自由奔放でいたずら好きだったと思う。それがいつしか、とにかく怒られることを極度に恐れる性格になっていった。そしていわゆる真面目な優等生に育っていった。とにかく怒られるのと仲間はずれが嫌だから、素の自分を出さなくなった。自分の中で「怒られる=愛されていない(嫌われた)」という図式が成り立っていたのだと思う。今でも人と上手な喧嘩はできない。二度と仲直りできないような喧嘩しかできない。喧嘩が怖いから、喧嘩できない。そうすると相手に遠慮してしまう自分になる。喧嘩になる前に相手に合わせようとする。小さい頃は好きなものを好きと言えなかった。相手が好きなものを好きと言いたかったから・・。相手と違うと友達になれないと思ったから・・。同じものが好きだと友達になれる気がした。そうすると本当の自分ではないということになる。

 

今回セラピ-を受けて、改めて自分の中の問題を再認識した。「怒られる=愛されていない」という図式をどのように自分で消化していけばよいのか? 小さい頃に本当の自分を愛し、受け止めてもらった感覚があまり無かったのだと思う。特に父親は家にいなかったから、「男性」にそのままの自分全部を受け止めてもらった記憶が無いのだと思う。それが一番の問題なのだろう。部分的には付き合えても良いところも悪いところも安心して見せ合え、喧嘩しても愛し合っている・・というような関係がどういうものなのか、わからない。喧嘩すると嫌われたと思ってしまうところがある。

 


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